僕はパニック障害を持っています。細かく言うと広場恐怖症というもので、特定の場所で以下のような症状が起こります。
- 動機、息切れ、心拍数の上昇
- 発汗(冷や汗)
- 立っていられない、その場でじっとしていられない
- 足元から身体の感覚が消えていく
- 下痢
思いつくだけでこれくらいですが、正直人によってはもっと違った、もっと厄介な症状もあるでしょう。
経緯、きっかけ
僕が広場恐怖症になったのは、電車通学での車内での出来事が原因です。人によっては何がきっかけになったか、分からずにある日突然…という方もいるでしょうが、僕は原因がはっきりと分かります。
目的地までの電車、僕が乗る駅はその路線の出発駅なので人はガラガラ。目的地までの各駅で人がどんどん乗り込み、満員状態で到着するという状況でした。最初は腹痛から始まり、電車内のトイレで用を足すも下痢が出たり出なかったり。しかし電車内のトイレに簡単に行けるのも車内が混み始めるまで。満員になるとトイレに行けない。たどり着けない。
だからトイレに近い車両に乗るものの、誰かが入っていれば使えない。そうこうしているうちに満員になる。ここでもし漏らしたらどうしよう。とんでもない恥をかくことになる。
こんな日々が半年近く過ぎたときに、いよいよ「その日」がやってきました。いつもと同じように苦しみながら通学中、どうしても下痢が我慢できないという気持ちに襲われました。電車内は満員でしたが、トイレに行かなくてはならない。心臓はとんでもなく跳ね上がり、冷や汗がどっぷり。僕は座席から立ち上がって人混みをかき分けトイレまで歩を進めました。進めたつもりでした。
直後、なんとなく人の悲鳴が聞こえたような気がしましたが、僕はそこで耳が遠くなり、目の前が真っ暗に。
気がつくと車内で倒れていました。どうやら倒れた僕に対する悲鳴だったようです。誰かが車掌に連絡してくれたようで、電車は停車。車内放送で「倒れた人がいるので一時停車する」と車掌が連絡していました。それから程なくして救急車が到着し、僕は搬送されました。何かに写った自分の顔が真っ青だったのを覚えています。
15年以上昔の話ですが、今でも詳細まで覚えていますし、急いで駆けつけた両親の顔は忘れられません。色々な人に迷惑をかけました。搬送先の病院でも特段異常は無く、ストレスなどが原因とのことで、その後も通学は続けていました。
その後の苦悩、トラブル
分析するまでもなく、この一件があってから自分の人生がハッキリ変わりました。悪い方に。具体的には以下のような状況に居続けられないのです。
- 簡単に外に出られないような状況(会議や集会など。起立状態だとなお悪い)
- 電車、バスなど自分がコントロールできない乗り物(自動車は大丈夫)
- 全校集会のような、「立っていることが当たり前」という状態
- 順番に発言を求められ、自分の番がくるまでの時間、プレゼン
このような状況になると、今でも動機やめまいが起こり、またあの時のような状況になるのではと思います。
僕の解決策
こうした症状がパニック障害、広場恐怖症という名前であり、対症療法(徐々に慣らす)が有効であり、投薬も有効である-などなど色々と調べましたし、薬もいくつか飲みました。病院では「軽度なパニック発作」ということで、症状が出そうなタイミングで投薬することを勧められました。
正直、「薬を持っている」という事実があるだけでだいぶ楽になったりもします。
僕自身、この症状は完治しないだろうと思っています。しかしだからこそ、失神して電車を止めて皆を困らせたけど、今でも自分は生きてるし、何とかやってきてるという経験をマイナスに捉えるのではなく、「今のこの状況は、あの時の失神事件に比べれば屁でもない」とプラスに納得したほうがマシです。
克服しようとするのか、うまく付き合おうとするのか、これについても病院の判断、関連書籍でも意見は別れています。つまり「人によって合う合わない」があるのでしょう。だからこそ色々と試すべきです。薬を試してみる、対症療法を試してみる、どうせ死にゃしないと障害を俯瞰する…方法は色々あると思います。
僕は「どうせ死なない」と思っても、その瞬間がくると「そうも言ってられねーよ!」と追い込まれてしまうので、よく内ももをつねったり、身体のどこかをつねったりします。別の痛みで我に返る、といった感じでしょうか。あとは処方してもらった薬を常に忍ばせておき、いざというときにいつでも飲めるようにしています。「持ってれば安心。ダメでも飲めばオッケー。それでだめなら知ったこっちゃねぇ」という開き直りです。
パニック障害を調べるにあたって、参考になった本のリンクを貼っておきます。電車を止めた経験を踏まえて言わせてもらうと、「皆さんにあった快方への道」は絶対にあります。きっと大丈夫。